電脳硬化症が招いた地球幼年期の終わり

オウギが大学院に進学した2023年、ちょうど電脳化が普及し始めた頃、電脳硬化症と呼ばれる原因不明の病が猛威を振るっていた。

それは、電脳化を施した部位が次第に硬化し、最終的には脳死に至る病であり、発症率は低いが、電脳化していれば誰でもかかる可能性があり根本的な治療法はないとされていた。

そのため、結核、癌、エイズなどに続き「21世紀の不治の病」と言われた。

電脳硬化症は、咳や体調不良といった目立った症状が出るわけではなく、記憶の断片的な喪失から始まるため、自他共に症状の異変に気付く頃には意識さえも忘却しているケースも多い。

実は、この原因の1つには外部記憶装置があるのではないかと噂されていた。

 

外部記憶装置は日常生活から身体の換装用途まで幅広く人々の生活に貢献していた。

しかし不思議なもので、外部記憶装置と記憶を同期して想起する際に、時折「電脳酔い」と呼ばれる記憶の混濁症状が起きた。

具体的には、自分の体験と外部から収集したソースの判別が付かなくなる症状であり、通常は記憶に「感情」があるか否かが認識出来ると正しく判別される。

現在も根本的な原因は見つかっておらず、少しでも症状を抑えるために、記憶を同期する際に数秒程度の確認作業が義務付けられているのに留まっている。

これについて、ある研究者は、SNSネットワークの発達と共に相互のやり取りが複雑深化し、「共感する能力」を鋭敏化させたために起きた「時代病」であると唱えている。

 

電脳硬化症治療のために研究者はワクチン治療やマイクロマシーン療法を試みたが、遂に根本的な解決までは辿り着くことが出来なかった。

なぜなら2024年に突如としてこの病状が別な意味で猛威を振るい始めたからである。

なんと、電脳硬化症は外部記憶装置の基幹AIにも飛び火をし、外部記憶装置同士の連結作用を引き起こしたのだ。

その結果、人々の記憶は無差別に共振されアイデンティティーの喪失を招いた。

オウギの元には「私は誰だったのか…」という悩みを口にする患者が連日詰め掛けた。

それは、21世紀の「地球幼年期の終わり」の始まりであった・・・!

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